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昭和オヤジが泣いて喜ぶ山田洋次監督作品を14作一挙紹介

昭和オヤジが泣いて喜ぶ山田洋次監督作品を14作一挙紹介

 

 

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男はつらいよ

 

山田洋次監督は東京大学法学部に入学。怠学による出席日数不足で中退するところだったが、1954年に卒業し、新聞社勤務を経て松竹に補欠入社しました。
野村芳太郎作品の脚本家・助監督を務めました。

1961年、『二階の他人』で監督としてデビューしました。

 

BSジャパンでは以前は『釣りバカ日誌』を放映しておりましたが、現在は『男はつらいよ』になっております。

他にもアマゾンプライム会員であれば、無料で『釣りバカ日誌』、『男はつらいよ』等は見る事ができます。

 

『男はつらいよ』は第1作と最終作の紹介です。

 

初監督作品「二階の他人 」1961年


小坂一也主演で先日亡くなられた平尾昌晃も最初の下宿人として出演しています。
他には穂積隆信、永井達郎、瞳麗子らが出演。


同年に大映は今東光の小説、を原作とした勝新太郎主演の映画『悪名』
東宝は『喜劇 駅前団地』
東映は吉川英治の小説『鳴門秘帖』を原作とする時代劇映画『鳴門秘帖』


洋画はオードリー・ヘプバーン主演でパラマウント映画によって映画化された。

『ティファニーで朝食を』
『ナバロンの要塞』などがあります。

 

2作目『下町の太陽』1963年


山田洋次監督の2作目の作品。

映画化のきっかけは、1961年に主演の倍賞千恵子が題名と同タイトルの主題歌を歌い大ヒットした事から。


倍賞千恵子は映画『男はつらいよ』シリーズでは渥美清演じる主人公車寅次郎の妹:さくら役を演じ、人気を不動のものにしました。
『家族』をはじめ、『男はつらいよ』シリーズの合間を縫って山田が発表したオリジナル大作にも出演。


特に『キネマの天地』までは全て主演かマドンナ役であります。

『男はつらいよ』シリーズ開始前の初期山田作品のほとんどでも倍賞が主演を務めており、延べ60本以上の作品に渡って、海外にも類を見ないほどの緊密かつ長期の監督・主演女優コンビを維持しました。

 

『馬鹿まるだし』1964年

 

「馬鹿シリーズ」の第一弾。
初期の山田洋次作品に俳優として欠かせない存在となるハナ肇、そして後に『男はつらいよ』シリーズ全48作などを手がけた撮影監督の高羽哲夫と、山田が組んだ最初の作品であります。

ハナがリーダーのクレージーキャッツからは植木等(東宝との関係のためノンクレジット)、犬塚弘、安田伸、石橋エータロー、桜井センリと、(この時期、東映で主演映画『図々しい奴』を撮影していた)谷啓を除く全員が出演しています。

 

『男はつらいよ』1969年

 

男はつらいよシリーズの1作目。
もともとは1966年にフジテレビで放送されていた、渥美清主演の連続テレビドラマ『おもろい夫婦』が大ヒットしており、これをきっかけに昭和40年代の同局では、渥美の連続ドラマが毎年のように放送されていました。

本作は第3作目にあたります。
なおさくら役は倍賞千恵子ではなく、長山藍子でした。


映画は26年にわたる下町人情大河喜劇映画シリーズの記念すべき第1作です。
映画版は全49作、実質48作品です。


キャッチコピーは「私、生まれも育ちも葛飾柴又です 帝釈天で産湯を使いました根っからの江戸っ子 姓名の儀は車寅次郎 人呼んでフーテンの寅と発します」


世界一の長編シリーズとしてギネス世界記録国際版に全48作が認定されています。
シリーズとしては全49作であるが、渥美清の出演は48作までなので全48作として認定されています。


『男はつらいよ 寅次郎紅の花』1995年

 

『男はつらいよ』シリーズの最終作(第48作)。
実はこの頃、寅次郎役の渥美清は肝臓の癌が肺にまで転移しており、主治医から前作と同様「もう出演は不可能」と診断されていたが無理を押して出演していました。


このような経緯もありこの作品での寅次郎はほとんど動かず座っているシーンが多く、劇中でのテレビで寅次郎が活躍している姿はすべて合成で制作されております。


また山田監督も渥美の体調から「もしかしたら最後になるかもしれない」と考え、浅丘ルリ子が演じるリリーを出演させることに決定しました。
浅丘のマドンナは『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(1973年)『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(1975年)『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』(1980年)と、これで4作目でした。


キャッチコピーは「お兄ちゃん、一緒になるならリリーさんしかいないのよ!」

1971年8月の第9作『男はつらいよ 柴又慕情』以降、「盆暮れ」で年2回製作され以来

お正月映画、お盆映画の定番となりました。

 

 

『幸福の黄色いハンカチ』1977年

 

10月1日に公開された山田洋次監督による日本映画。
出演は高倉健、倍賞千恵子、桃井かおり、武田鉄矢、渥美清
1971年に『ニューヨーク・ポスト』紙に掲載されたピート・ハミルのコラム『Going Home』をベースに、北海道を舞台に撮影された日本のロードムービー(映画のジャンルである。旅の途中で起こるさまざまな出来事が、映画の物語となっている)の代表作であります。


高倉健・倍賞千恵子といったベテラン俳優から、映画初出演となる武田鉄矢、その共演に桃井かおり、さらには脇役に渥美清を据えるなど、これ以上ない布陣で臨んだ同作品は、俳優陣の演技はもちろんのこと、シンプルながら観衆の心情に深く訴えかけるストーリーが高い評価を得ました。


第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報賞、第32回毎日映画コンクール、第20回ブルーリボン賞や第2回報知映画賞など、国内における同年の映画賞を総なめにしています。
後にキャスティングを変え、テレビドラマ化や日本国外でも映画化されました。

 

『キネマの天地』1986年


渥美清、中井貴一、有森也実ら多数が出演。
松竹大船撮影所50周年記念作品。

松竹内部の人間で「過去の松竹映画撮影所」を映画化したいという思いがあったといわれています。


また、1971年8月の第9作『男はつらいよ 柴又慕情』以降、「盆暮れ」で年2回製作されていた『男はつらいよ』も、こういった経緯により、1986年の夏は製作が見送られました。


舞台は松竹が撮影所を大船に移転する直前の1934年頃の松竹蒲田撮影所。

城戸四郎所長以下、若き日の斎藤寅次郎、島津保次郎、小津安二郎、清水宏ら気鋭の監督たちが腕を競い、田中絹代がスターへの階段を上りかけた黄金期であります。


この時代の映画人たちをモデルにして書かれた脚本には井上ひさし、山田太一も参加しています。
また、浅草の映画館の売り子からスター女優になる主役の「田中小春」役を藤谷美和子が降板したため、映画と同様に新人の有森也実が抜擢されて話題になりました。

 

 

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『学校』1993年から2000年全4作


製作は松竹・日本テレビ放送網・住友商事。松竹創業百周年記念作品。

日本テレビ放送網開局四十年記念作品。芸術文化振興基金助成作品。文部省特選。
幅広い年代の生徒が集まる夜間中学校を舞台に、挫折や苦境から立ちあがる人々が描かれています。


焼肉店を経営する在日コリアンのオモニ、中年になるまで文字が読めなかったイノさん(田中邦衛)などが登場します。
原作は松崎運之助『青春 夜間中学界隈』(教育史料出版会、1985年)であります。
イノさん(猪田)のモデルは実在の井上という生徒であり、映画のエピソード(競馬の話、医学部生に夜間中学を紹介された話、急病で死去した話など)もほぼ事実です。
西田敏行、竹下景子、田中邦衛、裕木奈江、萩原聖人、中江有里等出演

 

『虹をつかむ男』1996年と1997年


『男はつらいよ』第49作のタイトルは『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』、ロケ地に高知県、ストーリー、キャスト、公開日は1996年12月28日と決まり、秋からの撮影を控えていました。
しかし、同年8月4日に車寅次郎役の渥美清が死去したことにより制作が不可能になり、『男はつらいよ』シリーズは終了(打ち切り)することとなりました。


『虹をつかむ男』は渥美を追悼して、1996年9月26日に制作発表が行われ、『寅次郎花へんろ』の公開予定日であった1996年12月28日に公開されました。
本作の主演は『寅次郎花へんろ』に出演予定だった西田敏行、ヒロイン役も同作でマドンナを演じる予定だった田中裕子であります。


さくら役だった倍賞千恵子、ひろし役だった前田吟、満男役だった吉岡秀隆の3人に至っては本作でも親子役であり、おいちゃん(3代目)役だった下條正巳、おばちゃん役だった三崎千恵子、源公役だった佐藤蛾次郎なども登場しており、寅さんファミリーの総出演です。

他にも『男はつらいよ』シリーズの準レギュラーや出演経験のある俳優が多く出演している他、劇中で『男はつらいよ』の映像が流用されています。

 

『たそがれ清兵衛』2002年

 

『たそがれ清兵衛』は、藤沢周平著の短編小説、この短編小説の他2編(『祝い人助八』『竹光始末』)を原作とした映画であります。

主演は真田広之。山田洋次監督が初めて手がけた本格時代劇である。多くの人から愛されながらも、再現の難しさから映画化が敬遠されてきた藤沢周平作品の、しかも写真や文章といった映画化に欠かせない資料がほぼ皆無に近い幕末の庄内地方を舞台にした時代劇です。

徹底したリアリズムに拘った山田は、構想に10年以上、時代考証に1年以上をかけて、家屋や城内の様子、さらには髷に至るまで従来の時代劇とは異なったアプローチを展開、苦心の末それらが見事に結実しました。
真田広之、宮沢りえ、田中泯、岸惠子等の出演。

 

『武士の一分』2006年


原作は時代小説『盲目剣谺返し』(『隠し剣秋風抄』収録、藤沢周平作)。
山田洋次の監督による『たそがれ清兵衛』『隠し剣 鬼の爪』と並ぶ、「時代劇三部作」の完結作。


興行収入は40億円を超え、松竹配給映画としての歴代最高記録(当時)を樹立しました(後に、『おくりびと』がこの記録を更新)


全編にナレーションが入るという異例の構成になっており(オープニングタイトル含む)、視覚障害者でもそのまま作品を堪能することもできる異色作であります。


第30回日本アカデミー賞を総なめにしましたが、木村拓哉は、事務所の方針により日本アカデミー賞主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞のノミネートを辞退。


山田洋次監督は入社以来47年間、一貫して松竹大船撮影所のみで仕事を続けてきました。

同撮影所の閉鎖後は松竹京都撮影所を拠点とし、『武士の一分』では木村拓哉が東京を長期間離れることが不可能だったため、東宝撮影所を使用したのが生まれて初めての他社撮影所での仕事であります。
木村拓哉、檀れい、笹野高史、坂東三津五郎等出演


『おとうと』2010年


山田洋次監督にとって、『十五才 学校IV』以来10年ぶりの現代劇である。1960年に『おとうと』を撮った市川崑監督に捧げられた。
病に倒れた弟に姉が鍋焼きうどんを食べさせるシーン、そしてふたりがリボンで手をつないで眠るシーンがオマージュとして反復されています。


全国303館で公開され、2010年1月30-31日の2日間で動員21万8,171人、興収2億3,592万9,100円を記録し、週末興行成績ランキング(興行通信社調べ)で初登場第3位となっています。

公開2週目で興収10億円を突破、公開15日目で動員約101万人を突破しました。


結婚してすぐに夫を亡くし、小さな薬局を営みながら、女手ひとつで娘の小春を育てた姉・吟子と、役者としての成功を夢み、無為に歳を重ねてしまった風来坊の弟・鉄郎の物語であります。


ただ一人、吟子だけは鉄郎の味方だったが、その吟子も、ある事件をきっかけについに鉄郎に絶縁を言い渡してしまう。
鉄郎は悪態を吐いて出て行くが、 このときすでに鉄郎は死の病に取り付かれていました。
吉永小百合、笑福亭鶴瓶、蒼井優、加瀬亮、加藤治子等出演。

 

『家族はつらいよ』2016年

 

山田洋次監督の85本目の映画である。
山田洋次監督にとって『男はつらいよ 寅次郎紅の花』以来21年ぶりの喜劇映画。熟年離婚がテーマとなっており、2013年の『東京家族』と同じ家族のキャストで描いています。

 

丸山歩夢、小林稔侍、風吹ジュンも『東京家族』と同じ役で出演しています。
2016年、続編の製作が発表され、無縁社会がテーマとして描かれる。2017年5月27日に『家族はつらいよ2』のタイトルで公開されました。


2017年には、俳優の黄磊(ホアン・レイ)の初監督により、『麻煩家族』(マーファンジャーズー)のタイトルで中国映画としてリメイクされ、黄磊は主演も務めました。
橋爪功蒼井優、吉行和子、西村雅彦、 夏川結衣、妻夫木聡等出演。

 

番外編『釣りバカ日誌』

 

山田洋次監督作品ではありませんが、脚本を手掛けております。

『釣りバカ日誌』は、作・やまさき十三、画・北見けんいちによる日本の釣り漫画で、1979年から小学館『ビッグコミックオリジナル』で連載されています。


映画は1988年(昭和63年)12月24日より松竹系にて公開、以降ほぼ毎年1本新作が公開されました。

『男はつらいよ』シリーズと並び松竹を代表する国民的映画シリーズでもあり、なおかつ、お正月映画の定番ともいわれるほどの人気シリーズとなっていました。

1995年と1999年は制作されていない(1994年と1998年に2本作ったため)。


「釣りバカ日誌イレブン」は2000年2月公開だが撮影時期は1999年であります。
原作より「釣り」に対する描写は薄められ、西田敏行演ずるハマちゃんのベタなキャラクターと三國連太郎の渋めのスーさんとのやり取りがいい味を出しています。


ハマちゃんとスーさんの魅力を引き出す重要なキャラクターであるハマちゃんの妻・みち子さん役はシリーズ1から6、および7作目「釣りバカ日誌スペシャル」までを石田えりが演じ、後を浅田美代子が演じています。

個人的には石田えりの方が好きです。


当初は『男はつらいよ』の同時上映作品として公開され、松竹もそれ程力を入れてはいない映画であったものの、公開後の評判も良く、特に渥美清の逝去により『男はつらいよ』シリーズの製作が不可能となってからは、松竹を支える看板映画、国民的映画シリーズとして製作されていましたが、2009年(平成21年)12月公開の第22作「釣りバカ日誌20 ファイナル」をもって完結した。

 

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