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大河ドラマは「西郷(せご)どん」から「いだてん~東京オリムピック噺」へ | 時代は幕末から明治、昭和へ

大河ドラマは「西郷(せご)どん」から「いだてん~東京オリムピック噺」へ | 時代は幕末から明治、昭和へ

 

オリンピック

 

 

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明治後半から昭和初期までは極めて疎い

NHKの大河ドラマも「西郷(せご)どん」から「いだてん~東京オリムピック噺」へとバトンタッチされます。
明治維新以前はドラマ等である程度の知識はありますが、
「いだてん~東京オリムピック噺」の背景となる明治後期からものごころがつく昭和前半の頃は極めて疎いです。


 

個人的にはこの時期は戦国時代にも匹敵する激動の時代だったと思っております。
高いNHK受信料の割には、NHKの番組は大河ドラマ以外は定期的に視聴している番組はありません。


元を取るためにもドラマの内容や、時代背景を少し調べてみました。
 

「西郷(せご)どん」を振り返って

明治維新

「西郷(せご)どん」の全47回の期間平均視聴率は12.7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区から算出)と、2012年放送の「平清盛」、15年放送の「花燃ゆ」の12.0%を上回ったものの、史上3番目の低さとなった。


関東の平均視聴率は昨年の「おんな城主直虎」を0.1ポイント下回りました。
視聴率は関係ありませんよね。
いくら低視聴率でも自分が楽しめればそれで良いのです。


ただ台風24号の影響での放送中止はやむを得ないとしても、
『西郷どんスペシャル~鈴木亮平×渡辺謙の120日~』
『西郷どん いざ革命へ!西郷と4人の男たち』
の特別編を放映するくらいなら、もう少し充実させて欲しかった。
林真理子の原作は読んでおりませんが、特に西南戦争はもう少し詳しく描いて欲しかった。

 

NHK大河ドラマ第58作「いだてん~東京オリムピック噺」

NHK大河ドラマ第58作は宮藤官九郎オリジナル脚本で「いだてん~東京オリムピック噺」です。
宮藤官九郎はNHKでの執筆は、連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)以来の2度目で、大河ドラマの執筆は、はじめてです。

 

「いだてん」は日本がはじめて参加した第5回のストックホルム大会の3年前である1909年から、1964年の東京大会までを実在の人物で描いています。

主人公はマラソンの金栗四三選手と水泳指導者の田畑政治氏で、中村勘九郎さんと阿部サダヲさんがそれぞれ演じます。


2019年1月~ 12月の放映で、明治以降が舞台になるのは、1986年1~12月 に放映された第24作 いのち 三田佳子 (岩田未希)以来33年振りの事です。

初の4K制作だそうですが、我が家にはそんな装置はありません。

語り手は伝説の落語家・古今亭志ん生で、ビートたけしが演じます。

 

明治45年に開催された第5回ストックホルム大会

マラソン

 

1909年、東京高等師範学校の校長・嘉納治五郎の元に、“オリンピック”の招待状が届き、初めて明治維新の予選会が開かました。

短距離走では三島弥彦が、マラソンでは金栗四三が優勝、嘉納団長とともにオリンピックに参加する事になります。

 

オリンピックへの日本の参加が決まりましたが、ストックホルム大会の際には、参加費は選手の自己負担でした。
子爵家の三島弥彦は問題ありませんが、金栗四三は経済的理由などで一度は辞退を申し出ています。


金栗が所属していた東京高等師範学校の校長でもあり、選手団長を務めた嘉納治五郎が後援会を結成し、募金を呼びかけ資金を集めて参加することができました。


金栗は熊本出身の高等師範の学生、一方の三島は警視総監を父に持つ子爵家の超エリートです。

この二人と東京高等師範学校の校長・嘉納治五郎を中心にドラマは展開します。

 

1912年「ストックホルム大会」で三島は外国人選手の体格にどぎもを抜かれ、予選敗退。
金栗は26キロ地点で日射病により失神の大惨敗。

 

後の1967年にストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典が開催され、当時の記録を調べていたスウェーデンのオリンピック委員会が、陸上競技の男子マラソンにおいて金栗四三が「棄権の意思が運営者側に届いていなかったため競技中に失踪し行方不明」となっていることに気付いた。

 

このため、オリンピック委員会は金栗を式典に招待し、記念式典でゴールさせることにし、金栗を式典に招待した。

招待を受けて金栗はストックホルムへ赴き、競技場内に用意されたゴールテープを切った。


ゴールの瞬間、場内には「只今のタイムは54年8ヶ月6日5時間32分20秒3、これで第5回ストックホルム大会は総ての競技を終了しました」とのアナウンスが響いた。
これは近代オリンピック史上最も長時間のマラソン競技記録であり、五輪全日程終了までの期間としても史上最長。


三島は「短距離では欧米人に一生勝てない」と気付き競技を諦め帝大を卒業して兄・彌太郎のいる横浜正金銀行に入行、銀行マンとして金融界のトップになっていきます。


一方の金栗は一睡もせず失敗の原因を考え、「四年後を見てくれ」と日誌に書き込む。

帰国した金栗は結婚し、再び壮絶な練習に挑むものの第1次大戦で「ベルリン大会」の中止が決まります。


夢を絶たれた金栗を、嘉納は「夢は後進に託せばいい」と慰める。

金栗は学校の先生になり、箱根駅伝を創設。
多くの弟子を育て、スポーツは日本全国に広がっていく。

 

 また、いち早く女性の可能性にも注目し、女子教育にも情熱を注いでいきます。
接戦の末勝ち取った「東京オリンピック」が、第2次大戦で幻となり、さらに戦争で弟子の命まで失われてしまいます。
度重なる悲運にもめげず、寡黙に笑顔で生涯を走り続けた金栗。

 

日本選手が大活躍の1936年開催のベルリン大会

ベルリン

 
1930年、スポーツ大国へと成長した日本は、嘉納を中心に“東京オリンピック” 招致運動を始めます。
政治記者をしながら、「ロス・ベルリンの両大会」に参加した田畑政治が嘉納と行動を共にします。


だが、ローマと競合、イタリア首相・ムッソリーニに直談判するも状況は厳しい。
さらにIOC会長を日本へ招待するが、2・26 事件が発生。
東京には戒厳令がしかれ、招致は最大の危機を迎える。

 

1936年「ベルリン大会」の開会式前日のIOC 総会で、東京は辛くもイタリアに勝利。
ヒトラーによる壮大な大会が幕を開け、「前畑頑張れ!」の実況に日本中が熱狂します。

遊佐正憲・杉浦重雄・田口正治・新井茂雄(日本、競泳男子800m自由形リレー)
前畑秀子(日本、競泳女子200m平泳ぎ)
葉室鐵夫(日本、競泳男子200m平泳ぎ)
寺田登(日本、競泳男子1500m自由形)
田島直人(日本、陸上男子三段跳び)
孫基禎(日本、陸上競技男子マラソン)

が金メダルを獲得。


だが翌年、日中戦争が勃発し、軍国化する日本に対し、各国からボイコット運動が起こります。
「アジアの平和の実現は、日本の最高の決意である」と嘉納はカイロ総会で力説。
執念のスピーチに東京開催が再度承認されましたが、帰路についた嘉納は船中で病死。
程なく“東京オリンピック” 返上が発表されます。

念願の1964年開催東京オリンピック

東京五輪

 

田畑は敗戦の食糧難の中、マッカーサーと直談判、いち早くスポーツ界の国際復帰に成功し、復興を願う人々の支えとなりました。

目的に向かい猪のように突進する熱情家で、ついには1964年の「東京オリンピック」を実現する。

東龍太郎都知事の号令で“東京大改造”が始まり、国を挙げての狂想曲の始まりであった。
慢性化する渋滞、進まない住居立ち退き、東京砂漠と言われた水不足、選手村の場所すら決まらない。
相次ぐ危機が、組織委員会事務総長の田畑を襲う。

 

大河ドラマならではの豪華俳優陣

主演の中村勘九郎さんと阿部サダヲさん以外にも、大河ドラマならではの豪華なキャスティングです。

金栗の恩師、嘉納治五郎=役所広司さん
金栗の兄、実次=中村獅童さん
金栗の妻、春野スヤ=綾瀬はるかさん

養母の池部幾江=大竹しのぶさん

盟友の三島弥彦=生田斗真さん

三島家に使える女中のシマ=杉咲花さん

ストックホルム五輪日本選手団監督、大森兵蔵=竹野内豊さん

大森の妻、安仁子=シャーロット・ケイト・フォックスさん

受信料に見合う内容を期待します。

 

 

 

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