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12月14日は赤穂義士の討ち入りの日ですが、地上波テレビでは「忠臣蔵」の放映はありません

12月14日は赤穂義士の討ち入りの日ですが、地上波テレビでは「忠臣蔵」の放映はありません

 

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12月14日といえば「忠臣蔵」

 

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12月14日(ただし旧暦)といえば赤穂義士の討ち入りの日で、昔は必ずテレビでドラマや映画の放映がありましたが、近年は無くなりつつあり今年は地上波テレビでは、「忠臣蔵」の放映はありませんでした。

 

唯一BS朝日でテレビ朝日系列で2010年に放送されたものの「忠臣蔵~その男」の放映がありました。

主演の大石内蔵助は田村正和です。

今までに植え付けられた大石内蔵助のイメージとは、かけ離れています。

もっと恰幅のある、むしろ立花左近役の北大路欣也の方が似合っています。

ちなみに北大路欣也さんは、NHK、フジテレビ、テレビ東京で大石内蔵助を演じています、変わったところではビートたけしも大石内蔵助役をこなしています。

 

やはり田村正和は『眠狂四郎』です。

 

日本人ならほとんどが知っている「忠臣蔵」

討ち入り

 

忠臣蔵とは、 人形浄瑠璃または歌舞伎の演目のひとつで、『仮名手本忠臣蔵』の通称。
また歌舞伎や演劇・映画の分野で、江戸時代元禄期に起きた赤穂事件を基にした創作作品の総称です。

 

赤穂事件とは元禄14年3月14日に、江戸城松之大廊下で高家の吉良上野介義央に斬りつけたとして、播磨赤穂藩藩主の浅野内匠頭長矩が一方的に切腹に処せられた事件で、吉良上野介はおとがめなしのお裁き。

 

さらにその後、亡き主君の浅野長矩に代わり、家臣の大石内蔵助良雄以下47人が本所の吉良邸に討ち入り、吉良上野介を討取り仇を打った事件を指すものです。

 

史実に基づいて事件を述べるときは「赤穂事件」

「赤穂事件」を基にしたさまざまな人形浄瑠璃、歌舞伎、映画、ドラマ等では「忠臣蔵」と呼ばれています。

 

今までの映画やドラマと違っていたところ

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幾度となく映画やドラマで見てきましたので、植え付けられたイメージがありますので、雪は残ってはいましたが、降ってはいませんでした。

今までの忠臣蔵ものの映画やドラマでは雪が降りしきる中討ち入りに行くものが多かったのですが、史実では数日前に降った雪が積もっていたものの討ち入り当日は晴れていたとされているので、こちらの方が史実に忠実です。

 

「忠臣蔵~その男」の見どころ

見どころ

立花左近(垣見五郎兵衛)との鉢合わせ

大石内蔵助は東下りの際に九条家ご用人の立花左近(垣見五郎兵衛)と名乗っておりましたが、小田原で本人と鉢合わせをします。

絶体絶命のピンチの場面ですが、立花左近(垣見五郎兵衛)は吉良上野介を討つために人目を忍んでの旅の途中である大石内蔵助である事を見抜き、立花左近(垣見五郎兵衛)
の通行手形を渡します。

私はここが一番感激した場面です。

 

赤垣源蔵、徳利の別れ

赤埴源蔵は討ち入り直前にこれまで散々迷惑をかけた兄に今生の別れのために兄の家を訪れますが、兄は留守であった。
兄嫁はどうせまた金の無心にでも来たのだろうと仮病をつかって出てこない。


やむなく源蔵は兄の羽織を下女に出してもらって、これを吊るして兄に見立てて酒をつぎ、「それがし、今日まで兄上にご迷惑おかけしてきましたが、このたび遠国へ旅立つこととなりました。もう簡単にはお会いできますまい。ぜひ兄上と姉上にもう一度お会いしたかったが、残念ながら叶いませんでした。これにてお別れ申し上げる」と兄の羽織に対して涙を流しながら酒を酌み交わし、帰って行きます。


その後帰宅した兄は下女から源蔵の様子を聞いて、もしや源蔵はと思いを巡らせる。
ただし河竹黙阿弥作の『赤垣源蔵』では、羽織ではなく小袖となっている。


南部坂雪の別れ

討ち入り直前、大石内蔵助は赤坂・南部坂に住む浅野内匠頭正室・瑤泉院のところへ別れのあいさつへ向かいます。
しかし吉良の間者と思しき女中の存在を察知した、大石は仇討ちの意思はないと瑤泉院に嘘をつきます。


忠義の大石達の討ち入りを信じていた瑤泉院はこの言葉に激昂するが、大石は本心をひたすら隠して南部坂を去る。

 

 

 

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